私語二十

いっちゃん

(注)ここに出てくる話はフィクションです。実在のものと一部関係あるかもしれません。

筆者にとっては、成人式ももはや遠い昔のことになってしまった。この成人式、筆者の頃も結構私語で騒がしくて来賓の話はろくに聞こえなかったが、それが年々状況が悪化しているという。式典の最中に酒を飲んで大暴れする人、クラッカーを鳴らす人、来賓にヤジを飛ばす人、成人式は場所によっては大変な荒れ放題になっているところがあるという。今年もまた大変なことになるのかな?
と思っていたら「日本ダメ教師の会」会長の池間仙次郎先生から電話が。
「ああもしもし、いっちゃん、新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しく。」
ああどうも、おめでとうございます。こちらこそ今年も宜しくお願い致します。
「いやな、新年早々ちとお願いがあるんだが、俺の友達が今ダサイタマ県ワラベ市の市長をやってるんだ。それで、成人式の祝辞でしゃべってくれる人を探しててな。」
はーはーぁ、埼玉県蕨市ですか、実をいうと、そこは僕がある用事で思いっきり関わっているところなんですよ(注1)。それに確か、蕨は成人式の発祥の地なんですよね。
「話をよく聞け、ワラビじゃない、ダサイタマ県ワラベ市のワラベ市民体育館だ。…まあ近いところだが。でな、君に来賓として出席して、祝辞でしゃべってほしいんだ。ここ数年の成人式の荒れ様でみんな辟易していて、我々ジジィの話だと新成人がじぇんじぇん聞いてくれんのだよ。まだ若くて新成人の心を手に取るように読み取れる君に、是非やってほしいんだよ。そしたら、あいつが20万はずんでくれるって。実はな、あいつと今度の新成人の多くが、イッチャッテルHOMEPAGEの愛読者ということもあるんで。」
20万……会社の無配転落で薄給に甘んじるこの身にはあまりに良い話だ。しかもこのホームページの愛読者ときた。筆者は早速これを引き受けることにした。さて、その前にとりあえずフグイさんの成人式天気予報をチェックしておこう。

「フグイでございます。今年の成人式の予報をお伝え致します。殆どの地域では晴れるでしょう。但し多くの場所では私語前線により祝辞が陰り、静かにしろという知事のが発生するところもございます。沖縄県地方では泡盛台風が北上中で、所によって大荒れとなるでしょう。警察官を多数ご用意下さい。また千葉県浦安市ではミッキー高気圧が張り出して大きく晴れ渡るでしょう。注意報・警報です。沖縄県那覇地方では泡盛洪水警報もみ合いなだれ注意報、高知市では野次強風注意報雷注意報、香川県ではクラッカー暴風波浪警報、各地山間部の地域では閑古鳥低温注意報が出ております。十分ご注意下さい。」

新成人の皆様、おめでとうございます。今日から皆さんも、大人の仲間入りです。……ピピピピ……ガヤガヤガヤ……カンパーイ!………ぉぃぉぃぉぃ、誰も話聞いてないじゃないか。よーし、池間先生から伝授したオヤヂギャグをぶっ放してやろう。……まあ皆さんが勝手なおしゃべりをしたいという気持ちもよーく分かります。二十歳というのは勝手なおしゃべりをする年齢と世の中では相場が決まっているようで、何しろ

私語二十(しごにじゅう)

というぐらいですからねぇ……
「寒い〜!」「つまんねーよ!」「カーエーレ!カーエーレ!
うー、ヤブヘビ。えーとですね、皆さんもいよいよ大人の仲間入りということで、これから酒もタバコも自由で…
「そーだそーだ、俺たちゃ今日から大人だ、何飲んでもいいんだ、それ、イッキ、イッキ、イッキ。」
あちゃちゃ、また地雷踏んじゃった。……何でも自分の責任で物事を決めることになります。まあそれは、大人になって自由になって行動範囲が広がってくることの見返りではありますが。満18歳になると車の運転免許が取れ、満20歳になると……(注2)

「お〜い、いっちゃん、何言ってんだかさっぱり分かんないよ。ボリューム上げてくれよ。」

しょうがないな。すいません、ちょっと待ってて下さい。…そこの職員さん、スピーカーのボリューム上げて頂けませんか?ア、ア、ア、聞こえますか?……ピィ〜〜!ハウっちゃった。ここ一体どんな音響設備なんですか?え?スピーカーが2つしかないの?ケチだねぇ〜。
「申し訳ありません、しかもここは体育館なんで残響がすごくて。市の財政が苦しくて音響設備に予算が回らないんです。」
市長さん、僕のホームページの愛読者って話だけども、エッセー「音なしくしろ」読んでないでしょう。音がどこにいても正常に聞こえるようにして下さい。

おっ、だいぶ静かになったな。今分かりました?ここのお役所の方々はこの体育館の設備をケチって、予算がないんだと言い訳してるんです。それでいて、駅前で無駄な道路工事をやってるんです。ね、ちゃんちゃらおかしいでしょう。皆さんはこういう大人の真似しちゃいけませんよ。
…何の話をしてたんだっけ?えーと、満20歳になると、職業を決めたり、結婚したり、住むところを決めたりするのに、親の承諾がいらなくなります。
「イェーイ、イェーイ、ワオ!V(^o^)Vあたしたちもう20歳だから、パパが反対しても結婚できるんだー!」
「♪パパパパーン、パパパパーン、……結婚おめでとう!」
あー、今度はクラッカーときたか。まあ皆さんは理解がよろしいようで。……静かにしろと言いたいところだが、ここはちょっと変化球投げてやろう。さて、その辺にかたまってる皆さん、壇上に来て頂けますか?わー、大きなお腹、ご苦労様です。
だってぇー、あたしー、もう妊娠7ヶ月になるのにー、パパがまだ結婚に反対してるのぉ。さっきの話だと、あたしはもう20歳だから、パパが反対しても結婚できるんだよね。」
そうだよ。それよりねー、もう成人なんだから、だってぇーとか、自分の父親のことを人前でパパといったりするのはおやめなさい。いいですか皆さん、このように大人の仲間入りをすることによって、結婚でも職業でも、皆さんはいろいろと自由になれるわけです。ただその代わり、皆さんには責任がついて回ります。自分で家庭を築いて、生活費を稼いで、家事をして、大人になったらやることは何でもあります。いつまでも親に頼ってばかりはいられないですよ。その辺よーく自覚して下さいね。そこのお腹の大きいお嬢さん、覚悟は大丈夫ですね。
「じゃあ、いっちゃんはなんで結婚しないの?なんでパラサイトシングルなの?」…(会場大爆笑)
それはその、カクカクシカジカ、家族のあり方を真剣に考えた末での選択肢を自分なりにとったわけで(奥歯に物が^^;)。まあ、二十歳をだいぶ過ぎると、人生にはいろんなことがあるもんで。このぐらいの年になれば分かるヨ。
また会場がざわついてしまった。よし、今度は「ウルトラクイズ」式に別の変化球でいってやろう。

立派な成人になりたいかー!「オォー!」
明るい未来は僕らのものだー!背負っていく自信はありますかー?「オォー!」
犯罪やるともう少年Aとかいかなくて名前も顔も出るけど、怖くないかー!「オォー!」
大人になったら自分で働いて自分で責任を持つけど、自信はありますかー?…(2秒)…「オォー!」
大人としての思慮分別に自信はありますかー?…(5秒)…「オォー!」

なんだ、あまりざわつかなくなったじゃないか。つまりそーゆーことです。
まあ、大人になるといっても、みんなどんな大人になるかは人によって違うと思います。中には僕みたいに30近くになってもあまり成熟しない状態の人もいます。一応エンジニアとして一人前になるという目標にじりじり近づいていますが。皆さんもそれぞれ自分のなりたい大人の姿の目標を持って、それに少しずつ近づけるように努力していって下さい。

ふぅ、何とか終わった。話がちっともまとまっていないのだが、これで良かったのかどうか。


(1) 成人式は「政治人式」?

どうも自治体主催の成人式を見ていると、自治体の行政側が勝手に先走りして、主役である新成人と全く歯車が噛み合っていないのである。新成人の意向も全く無視し、ただいたずらに機械的にその自治体のお偉いさんを壇に立たせて、大して身にもならない話をしている、どうもそんな気がしてならない。
現在の成人式のルーツとなったのは昭和21年11月22日に埼玉県蕨町(現蕨市)で行なわれた「成年式(注3)であり、この動きを受けて昭和23年には小正月の1月15日が「国民の祝日に関する法律」に基づき「成人の日」と制定され、全国で自治体主導の成人式が行なわれるようになった。
ところが自治体主導でやるようにしたのがどうも間違いだったようだ。ただでさえ住民と感覚のずれているお役所、選挙権を得たばかりの新成人にとって自治体のお偉いさんはあまりに遠い存在であり、そのお偉いさんが「新成人のために」という思いも全くないような表情で、やれ将来を担うなどとあまりに当たり前くさいことを話す。しかも大都市においては昭和21年の蕨町とは違ってあまりに多くの新成人が参加し、壇上に立っている人の顔は極めて見えにくく、話も聞き取りにくい。
新成人の意向を聞いたわけでもなく、単に機械的に新成人を一堂に集める。しかも住民の貴重な税金を使って、明確な目的意識もなくだらだらとやっている。(注4)しかも平穏無事に終わらせることばかりに関心を持つという、学校の「事なかれ主義(注5)に通じるご都合主義。はっきりいってこれは政治をする側の一方的なお役所的なお仕着せで、いかにもその自治体の長が顔見せする場とする以外あまり意味がないような気がする。これでは成人式というより「政治人式」だ。
とりあえず、自治体は荒れる成人式の実情を見て、これまでのやり方が新成人の意向を無視しているということに気づいて反省し始めたようで、新成人に企画を任せるなど、改革のメスが遅まきながら入れられたようだ。

(2) 式には「我慢して」臨むものか?

自治体にとって最も頭を悩ませているのは、新成人の私語と悪い出席率である。この状況を人々はどう捉えているのか?どうも世間で出てくる意見では「新成人は人の話を我慢して聴くことができない」というのが多い。まあ確かに大人になれば、子供の頃に比べると我慢させられることが多くなるようだし、諸外国では成人するための通過儀礼として忍耐力を要求するものがあったりするぐらいだから(注6)、何か我慢する機会を与えたいという気持ちも分からなくない。
でも何だか思想が根本的に間違ってはいないだろうか?ただ来賓が壇上で話して新成人がそれを聴くだけ、日常会話と同じくこれは人間と人間のコミュニケーションでしかない。なぜ新成人が私語を我慢するという形でその場に適応しなければならないのか?
まず問題なのは、相手の話を聴く姿勢の教育である。我々は小学校入学或は幼稚園あたりから、相手の話を聴くときは「お口チャック(注7)するのがマナー、と教えられてきた。しかしこれはあくまで子供向けの教えであり、「臭いものにフタ」的に表面的な応急処置に触れただけにとどまり、心持ちには全く踏み込んでいない。本来ならば、これをコミュニケーションの場と判断し、その結果その場を維持したい気持ちになって自ずと口をつぐむ、と心の底から対応できるように教育すべきと思うのだが、学校や親はその肝心な教えを怠っている。この中途半端な教育のせいで、新成人の多くは私語をしたいという禁断症状にさいなまれながら静かにしている、という実に不自然な姿勢を強いられる(注8)
もう一つ問題なのは、主催者である自治体が新成人にとって話を聴きたくないような環境をわざとつくっていることである。いたずらに新成人をわんさか会場に押し込み、後ろのほうでは話は聞こえない、壇上の来賓は豆粒ほどにしか見えない、スピーカーや大型スクリーンは全く不備、そして来賓は話し方が拙く退屈しやすい。本当に話を聴いてもらいたいの?と疑いたくなるような有り様である。また、ある一部分でざわついたのを放置するから全体がざわつく(注9)。ただでさえ周囲を久しぶりに会った中学の同級生などに囲まれ「馬にニンジン」、新成人は私語の誘惑にさいなまれるというのに。
コミュニケーションの場ということを考えると、成人式の現状は本当に間違っていると思う。私語を我慢させる以前に、私語をしたくなる気持ちを起こさせる原因があるのではないか、と気づいて対処すべきなのに、教育者や多くの自治体はしていないのである。もっと前向きに取り組めば成人式は絶対に良くなると思うのだが。

(3) 晴れ着と同窓会

成人式というと忘れてはならないのは、新成人の晴れ着姿と、成人式の同窓会的側面である。進学や就職で故郷を離れている人も、成人式のときには帰ってきて晴れ着を着て一堂に会し、その中で学校の同級生との久しぶりの再会を果たす。これを見て、やれ晴れ着は金の無駄だとか、同窓会の集まりのせいで成人式が荒れるとかいう人がいるようだが、果たしてどうか?筆者はむしろ、どちらも極めて有意義なことだと思っている。
まず、新成人が晴れ着姿を周囲に見せるのは、自分が大人の仲間入りをしたことを周囲に象徴付ける意味を持ち、「この人はもう大人なんだ」という意識を高める効果があり、その点ではある意味結婚式や葬式にも通じている。イタズラ好きのハナタレ小僧も臆病な泣き虫お嬢ちゃんも、今ではもはや子供ではなくいたって美しく立派な大人の姿、その変貌ぶりはイモムシがサナギを経て美しい蝶になるのに似ている。この姿を自分をここまで成長させてくれた人々、特に自分の親に見せて、「おかげさまでこんなにも立派な成人になりました。大変お世話になりました。今後ともどうぞよろしく。」という意思表示をするのである。そしてこの行動を通して自分自身も成人としての意識を高めていく。ここにやれ金の無駄とか文句をつける余地はないと思うのだが。(注10)
それから、同窓会的側面というのは、同じ場所で子供時代ないしは学生時代を過ごした仲間たちと成人した喜びを共有し自覚するというだけでなく、その仲間たちと子供ではなく大人同士として付き合うことにより新たな側面を見つけられる、成人していく上で自分の人生の原点をもう一度見つめ直す、など様々な意義がある。大人になると多くの人が生まれ育った故郷を離れていき、世知辛い大人社会の荒波にもまれていくが、その生活の中で人は時々行き詰まる。そのとき、問題解決の拠り所とするのは過去の経験であり、また腹を割って話せる相手はその過去を共有した仲間である。筆者は高校の同窓会役員をやっている関係もあって、それを強く感じている。


「本当に有難うございました。来て頂いて良かったです。新成人の心をつかんで心を通わせること、その大切さが身にしみて分かりました。さっき聞いた話では、あなたの祝辞は素晴らしい評判だったようで。」
え?市長さん、僕のあんな拙い祝辞が好評ですって?それはかたじけない。実はここに来るとき、ご期待に添えるかなと少し不安だったのですが。
「まあ、この後すぐに懇親会がありますので、よろしかったら参加して下さい。ビールはあまりないし、食べ物はケータリングで相当ケチってますがお許し下さい。」
じゃ、喜んで参加させて頂きます。財政が厳しい中でこういうもてなしというのは、なかなか粋なものですね。今年初めてということだそうですが、市長さんもよく決断されました。

「ピンポンパンポーン、懇親会場にいらっしゃる新成人の皆様に申し上げます。懇親会場には酒類を持ち込まないで下さい。満19歳の方の飲酒は法律で禁止されていますので。(注11)

何と無粋な!…とはいっても既に酒は少なからず持ち込まれており、倒れている新成人もいるという。そしてそれに対して特段注意するというわけでもない。何か変だな。ちなみに筆者は来賓でありビールを振舞われた。
おやおや、外がやたらと騒がしいな。ほろ酔い加減でちょっと外に出てみると…

「今日から俺たちゃ成人だー、大人だー、自由だー!新成人バンザーイ!日本バンザーイ!」

あらら、羽織袴の男が一升瓶片手に車で箱乗りして乱入してら。いやー、素晴らしいパフォーマンスだことまあ。あれ、そこのおまわりさんたち、彼を取り押さえに行くんですか?別に暴力を振るってるわけじゃないんだから、変につかまえたりして盛り上がりに水を差したりしないで下さいよ。…と思ったらあらあら、おまわりさんが彼を胴上げしてる。一体どーゆーことなの?あ、彼もおまわりさんだったの?…一体どーゆー自治体なんじゃ、ダサイタマ県ワラベ市とは。

「おいみんな、よく聞け、俺たちは今日から成人だ。いつまでもガキみたいに甘ったれてんじゃねーぞ。あまり自覚が足りないでいると、俺はお前らを容赦なく逮捕する!いいか、分かったな。」

…筆者はすっかり彼に食われてしまった。とにかくこの新成人の凄まじいパワーに圧倒されるばかり。それに比べ自分は年々活力を失っていき、ますます若かったあの頃の感覚を忘れていく。まあ、こういうやり方は周囲の大人たちには受け入れがたいのだが、絶対にいえることは彼らが彼らなりに自分の新成人としての意識を高揚させようとしていることである。そんな彼らの姿を見ていると、頑張ってねと励ましてあげたくなり、堅苦しい古臭い成人式の枠に彼らを閉じ込めるのは何だか気の毒な気もしてくる。
まあ成人式に関しては、こうやってせっかくいい雰囲気で成人式を実施する下地があるんだから、それをうまく生かして本当に良い方向にもっていく努力を、新成人も主催者側もすべきではないか。何だかもったいないような気がするが。

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