いっちゃん
あれは1月、正月気分が半ばさめず、卒論発表会に向けて大詰めを迎えていた頃のこと、いっちゃんは研究室に夜遅くまで残り、帰宅するのは夜の11時前後、自宅で夕飯を食べるのもままならない程の忙しさであった。睡眠不足もあって、ひどく疲れて帰宅した。
よちよち歩きの小さい男の子を連れている人だった。普通こういう時間帯となると、子供はひどく眠くなって、親に抱っこされて眠っているようであるが、彼はそうではなかった。というよりも、多分東京ディズニーランドあたりでも出かけたのか、手荷物を多く抱え、とても彼を抱っこ出来なかった。それに彼もなかなか健気で、抱っこなんかしなくていいよという顔をしていた。
とはいえ、さすがに彼も眠くなって、足元がおぼつかなくなったのだろう。いっちゃんが自転車にまたがった時、突然その彼が地面の突起につまづいて転んだ。さて、その彼は今にも声を上げそうになった。すると母親が立ち上がった彼の体をはたいて言った。
まさかあの時、あの母親が言ったおまじない「痛いの、痛いの、飛んでいけ」が、こういう形で効いてしまうとは、一体誰が予想したであろう。確かその母親の手のしぐさが、いっちゃんの方向を向いていたように思えた。その彼の「痛いの」はおさまったようだが、こっちとしてはその「痛いの」をもろに押しつけられてしまったのである。
いやはや、おまじないとは、本当に効くこともあるんですねえ。え?それはいっちゃんがただドジなだけ?そうでしたか、いや失礼しました。