人生わずか25年

いっちゃん

日本人の平均寿命は、戦後の高度成長を経て目覚ましく伸び続け、今では女性はおろか男性の平均寿命まで80歳を超えようとしている。医療の発達により乳児の死亡率が激減し、栄養失調もなく、結核の流行で多くの20代が次々と命を落とした(注1)のも今は昔である。このご時世、日本人の大多数はこの「人生80年」神話を信じて疑わないことだろう。
……ところで、この神話は本当か?「いや、そんなことはない!」、と筆者は断言する。本当だとしてもあくまで統計データでのお話、日本人全員が全員80年の寿命を保障されているわけではない。もし保障されるというのなら、若くいたって健康な人が毎年事故や自殺・他殺といった原因で命を落とすのを、どう説明するのか?いや、この原因による死者を取り除いたとしても、毎年ごく僅かだが知らず知らず重い病気にかかり、若くして亡くなるのだ。そしてその運命は誰に降りかかるか分からない。
筆者の周りでも、幼稚園入園前に近所の同い年の女の子の弟がお誕生日前に「お空へ飛んで行った」のを皮切りに、隣に住む同級生(女)が病気で中学1年、高校2年のときに隣のクラスの男子生徒が踏切事故などと、自分と同じくらいの年齢の何人かがあまりに若く(or幼く)して命を落としている。

それゆえ、筆者は随分前からこの「人生80年」神話を疑っていて、この「エッセー集」を本格的に始動したばかりの頃に「人生わずか20年」と題して書いた。
とはいうものの、大人として精神の発達は一歩及ばず、社会的責任もなくぬるま湯につかっていた学生時代、毎日朝が来て、昼が来て、夜が来て一日が終わり、また明日が来る、この当たり前のサイクルに、特に注意を払うこともなかった。それは人の一生をとらえた場合も然り、親が子供を産み育て、我が子に将来を託して先に死ぬ、そのライフサイクルは当たり前のことと信じ、誰かを若くして亡くすこととは何か、とは考えもしなかった。このように近くに若死にする人がいたとしても他人事としか考えなかった。

ところが筆者が就職して2年目を迎えようとした2000年3月、筆者に大変ショッキングな事件が降りかかった。筆者の親友Tが急死したのである。それによって、自分の死に対するそれまでの甘い考えを改めることになった。


それは3月4日の深夜だった。1週間続いた会社の出張(注2)で疲れていた筆者に、小・中学校の親しい(注3)同級生Hから突然電話が掛かってきた。

「Tが亡くなったそうだ。」

えぇっ?!そんな馬鹿な!何かの間違いでは?あのTが死ぬなんて!……あれは確か1月2日だった、筆者がTやHなどと飲んだのは。Tは去年から病気で療養していたとはいうものの、そのときはビールをちびちび飲みつつそこそこ元気そうな姿を見せていた。しかもまだ25歳、死ぬにはあまりに早過ぎる。
Tは筆者が横浜から転校してきた小学校4年のときに48歳の父親を亡くして以来、母親や姉と肩を寄せ合い、厳しい母子家庭生活をおくっていたが、その中でも高校・大学と順調に進んだ。そして就職し、働いて一家を支え幸せにしよう、そう決意し3年前に社会人への一歩を踏み出したばかりだった。
この訃報が嘘であってほしい……筆者はその思いから事の真偽を確かめようとしたが、何もつかめずに帰宅した。午前2時頃まで同級生の間で電話が慌しく飛び交った。その後筆者はあまりにも気になって眠りにつける状態ではなかった。

しかしその訃報は本当だった。翌朝筆者のPHSが鳴り、昼間に近くの葬儀屋で葬儀が営まれるとの情報が飛び込む。寝坊した筆者はパンを口にくわえながら慌てて喪服に着替え、Hの車に乗って葬儀式場へ向かった。
式場に着くと、受付には喪主であるTのお母さん、その脇にはTのお姉さんが立っていた。二人ともひどく憔悴しきった様子で、顔色が悪かった。それに何日も眠れなかったのか、泣きはらしたのか、目の下は真っ黒だった。そして何か声を出そうとすると、すぐに涙が出てきそうな気配があった。
筆者たちは棺へ通され、きれいに化粧されて安らかに横たわるTの頬を撫でた。冷たい!話しかけても何も応答しない。Tはもはや1月2日に会った25歳の話好きで気さくな青年ではなく、病魔の前に力尽きた傷だらけの戦士に変わり果てていた。1週間前からぐったりし始め、食事を受け付けなくなったと思ったら容体が急変し、救急車を呼んだが間に合わなかったのだ。筆者にはこの光景を現実と気づくのに相当の時間を要した。Hらが落ち着きを払ってTのお気に入りだったサッカーのワッペンを取りに帰る一方、筆者は足元もおぼつかなくそわそわしていた。

読経の後に、参列者が二人ずつ焼香した。そのとき参列者にお辞儀をするお母さんとお姉さんは、涙を必死にこらえようとしていたようだが、それでも二人の目からは滂沱の涙が流れていた。そして棺のふたを開けるや否や、

「T〜!T〜!」

二人は繰り返し、あたかも己が生涯に流す涙を全て流しきるかのように、天にも届かんばかりに、涙で目玉が飛び出てしまうのではないかと思われるほどに(注4)激しく泣いた。
Tを愛した二人の肩を軽く叩きながら、筆者はまたもやTに

「T、一緒に飲めて本当に良かったよ。ありがとう。今度いつ会えるのかな?」

と言葉を掛けたが、何も応答はなし。「おい、T、何か返事しろよ!」筆者は叫んだが、よくよく考えるとTには聞こえる筈がないのだ。
結局Tは無言で、棺に閉じ込められたまま霊柩車に乗って火葬場へ運ばれていった。こうして何も話すことなく、筆者がこの世でTと過ごした最後の時間は終わった。

筆者はTを失ったショックでしばらく虚脱感を覚え、夜眠ればあの二人の号泣の声「T〜!T〜!」にうなされた。会社では何日も仕事に集中できない日々が続いた(注5)。Tはいたって真面目で誠実、曲がったことが嫌い、嘘をついたことも、誰かの悪口を言ったことも、愚痴をこぼしたことも、筆者が見た限りでは一切なかった。喜びや悲しみを分かち合い傷をなめ合う間柄の貴重な親友、一昨年就職活動中に希望する会社に落ち酒に溺れた筆者を受け止めてくれた人の一人なのだ。ならばもっとTの痛みを理解して分かち合えばよかった、でもTの病気は分かち合えないし、自分は医者ではないのでどうすることも出来ない、あーでもない、こーでもない……。頭はだるく、ペンを持つ手は震え、知らないうちに心は迷走していた(注6)
……いや、自分は落ち込んではいけないのだ、一番悲しいのはあの家に残された二人、特にお母さんなのだ。彼女は15年前に夫と死別し、その決して丈夫そうでない細く小さな体で大黒柱となり、二人の子供を育ててきた。その厳しい生活もTの就職でひと区切りなるかと思いきや、運命はあまりに残酷にもTの命を奪ってしまった。それも父親の半分の寿命で、母親より先に。一生のうちにここまで深い悲しみを味わう人はそういないのだ。そして自分はTと傷をなめ合う間柄だったのだから、ここで残された二人の傷をなめるのが自分のTの親友としての役割なのだ……。

筆者が立ち直ったのは、初七日後にTの家に線香を手向けに行った後だった。二人が立ち直れるかどうか大変気になっていたのだが、幸い二人はすっかり立ち直っていたようだった。むしろ筆者のほうが励まされた感じであった。


さて、Tを含めた若い死をきっかけに、筆者が死に関して考えたのは次のことである。

(1) 人生は「一寸先は闇」

人に下される運命は一般には非人為的である。仮にその運命に至る人為的な原因が何かしらあったとしても、その原因に至る過程をみれば何かしら非人為的な要素が見つかる。人間の予測・判断ミスも、疲労やストレスなど何かがその人の精神に変調をきたしたと解釈すれば、非人為的といえる。
だから逆にいうと、人間が自分の将来を確定することは「一寸先は闇」殆ど不可能である。自分にどんな運命が待ち受けているのかを知ることも出来ない(注7)。何しろ明日の天気ですら完璧には的中しないのだから。
よって人は「自分の人生」の範囲を自己概念の中では

これまでの自分の人生α

ととらえるのだ。この「+α」は自分の眼中にはっきりとある確定した、或は見込み・見積もり(=皮算用)のある未来の時間である(注8)。人生80年の場合はこの「+α」がこの神話への信仰に基づいた場合に限る。
そう考えると、例えば2度目の大学受験に失敗し人生に挫折感を味わっている20歳の青年に向かって年長者が

「君はまだ若い。人生はあと60年もある。やり直しが出来るじゃないか。」

と言葉を投げかけるのは一見励ましのように聞こえるが、実は彼の「人生80年」神話への信仰が強くない限りは励ましにならない。これならまだいいが、問題はこんな無神経な発言である。こう言われればその若者は間違いなく傷つくだろう。

「何だね君、これっぽっちのことで人生諦めちゃだめじゃないか。」

発言した年長者にとっては20代は人生の一部でしかないが、この青年にとっては現在が自分の残りの人生の全てかもしれない。だから若者は、年長者には人生のほんの些細なこととしか思えないことも重大視して一喜一憂する。それは決して若者の精神が未熟であるからではない。現在に自分の全てをかける青春時代で感情がメラメラ燃えるからなのだ!それを理解しないと、年長者はただ若者を未熟だとけなす、若者は年長者の助言を無視する、世代間の感情的なギャップが発生してしまう。

(2) 今生きているのは「幸運」であり「当たり前」ではない

前に述べたが、筆者はこれまでに自分と年があまり変わらない人の死を何度 も見てきた。そしてその彼らは、誰一人として自ら死を選んではいない。そして自分がいつ頃死ぬのかも予想できず、たとえ予想できたにしても死に対する心の準備をするにはあまりに若過ぎていた。残された家族もまた然りであろう。
そう、人の死とは予期を許さずやってくるのである。どんなに若く健康でも、一歩玄関を出れば事故や犯罪は無防備な人間の命に容赦なく牙をむく(注9)。家にいてもいつ地震や火災などで命を落とすか分からない。自殺は唯一自分の最期を確定できる死に方だが、だからといって自分がいつその自殺行為に走るかは予測できないし、周囲の人には自殺の予兆が分からない。病気の場合は事故や自殺などに比べれば死んでも諦めがつくが、いつ自分または周囲の人がその病気にかかるかは前もっては分からない。
だから将来明日、来年、10年後、20年後……まで生きているとしたら、それはあらゆる命の危機を幸運にも乗り越えてきた結果である。別の言い方をすれば、

人間は命が続く幸運に支えられて
毎日を生き続けているのである!

今自分ないしは周囲の人が生きているのは本当に有難いことなのだから、その尊い命を粗末にしてはいけない。この世に一つしかない自分の人生、たとえ今いやなことがあっても生きていれば将来何かいいことがあるはず、有意義に希望をもって楽しく生きようではないか。

(3) 「死」への適応

Tの葬儀で最も心に残ったのは、残された二人があまりにひどく取り乱す姿とその号泣の声「T〜!T〜!」だった。その後当分は筆者もショックから脱力感を覚えた。しかし初七日後に線香をたむけに行くと二人はもう立ち直っていて、筆者も今は立ち直っている。何故立ち直ったのか?それは「Tの死」という状況の変化に「適応」したからである。
実は筆者にとって、Tの葬式は若い肉親(それも我が子!)と死別した遺族の悲しみをまざまざと見せつけられた初めての場面である。これにより、遺族の悲しみを言葉では表せないほど深いものだと痛感した。それとともに、葬儀というものが単に死者を弔うだけでなく、残された人々が故人との死別という悲しい現実を受け入れるための重要な儀式であることにも気づいた。
肉親や友人などと今生の別れをすることは悲しいが、かといってその悲しみを自分が死ぬまでずっと引きずっているわけにはいかない(注10)。ここも重要なのである。生きている人はその現実を受け入れた上で、その後の自分の人生を生きなければならないのだ。そのために葬儀が用意されていて、ここではどんなに取り乱してもとがめられることはない。だがけじめは重要で、葬儀後も自分の生活を台無しにするほど取り乱すことは世間の手前許されない。
さて、故人がそこそこ長生きした、或は長らく重い病気で余命を宣告されたような場合は、死を受け入れる心の準備が出来るのでまだいい。しかし故人が若い場合、特に子が親より先に死んだ場合は、その死は遺族にとって受け入れにくく、立ち直るのは難しい。多くの場合トラウマとなって精神的に変調をきたし、心の平静を保つのはあまりに難しい(注11)。その場合、立ち上がるためには周りの人の理解、そして時には力添えが必要になる(注6)
その点、Tは小学4年生で父親を失ってどうだったか?Tは葬儀で結構しっかりしていたようだ。そして父のいない生活は経済的にも精神的にも大変だったのだが、さすがは真面目で誠実なT、筆者らに

「いいよな〜、みんなお父さんがいて。」「どうせうちは母子家庭だよ。」

などとふて腐れたり、突然取り乱したりしたことは一度もなかった。小学4年生なのによくしっかりしてた、エライ!(しかしその我慢強い性格が、病苦を彼自身に抱え込ませることになり、それが死を早めることになったのではないか?T、君って本当にバカだねー。なんで僕に言ってくれなかったんだ?)


Tの死から程なくして、東京都目黒区の営団地下鉄日比谷線中目黒駅近くで、トンネルから出てきた電車がカーブで「せり上がり」という現象により脱線、5人の死者を出す大惨事となった。またその数週間後には「地下鉄サリン事件」から丸5年を迎えた。これらで亡くなった人々はいずれも前途洋々たる未来が待ち受けていたと思われ、中には高校生、結婚間近、結婚したばかりという人もいたが、彼らには何の罪もなく、ただその現場に居合わせたというだけで巻き込まれ、その短すぎる命を落としていったのだ。と思えば、北海道有珠山噴火と九州沖縄サミットのために奔走していた小渕恵三首相が何の予兆もなく脳梗塞で倒れ、やがて意識が戻らないまま62歳でこの世を去った。
こんなことを考えると、人生や平穏な日常は本当に有難いものであり、我々生きている人は一日一日を大切に生きなければならない、と肝に銘じておく必要があるだろう。筆者はTを失った悲しみを痛いほど味わい、一時は「もし自分がその病苦と死を代わってやれたならば」などと大それたことを考えていたが(注12)、立ち直って客観的に事実を見つめられるようになってやっとその人生思想の原点に辿り着いた。

……あれれ?そこでUNKO座りしてタバコ吸ってるのは高校生か?チミチミ、未成年者は禁止されてるよ!それにタバコは吸いすぎると肺がんのもとだよ。
「だってさー、いっちゃん、俺たちってさー、今17歳だけど、いっちゃんが言うことには20歳まで絶対に生きられるという保障はないってことだよなぁ。もしタバコを今吸わないで、本当に交通事故とかで20歳前に死んじゃったらどうすんだよ?俺たち、タバコの味を知らないまま死ぬってことだよ。タバコは大人のたしなみ、それやらないガキのまま死ぬってこと。そんなんで死ぬなんてくやしいよ。だから今吸ってんだよ。」
じゃ、一生タバコを吸わないと誓った僕はずっとガキか?Tもとうとうタバコを吸わなかったけど。
「そうやって興味のない人はいいよ。俺たちの場合、親父も先生もたくさん吸ってるのを見てるから、長らく憧れてた、だから一生のうちに吸っておきたいんだよ。やっぱさ、やりたいと思ったことをやり残して死ぬのは真っ平御免だよ。いっちゃんだってさ、カノジョできずに死んだらしゃくにさわるんだろ?」
大きなお世話だ!(`_'#)……ま、気持ちはよく分かるんだけどね。僕はいいとしても、彼らの家族や学校の先生、それから周りの大人たち、特に少年院や警察などの人が、どれだけ彼らの屁理屈に理解を示すだろうかが見もの。

Tが亡くなったのは悲しいが、あーだこーだ言っても生き返るわけではない。それより現在生きている自分は、このいつか終わりのやってくる世界に一つしかない人生を有意義に過ごすことを考えなければいけない。そしていつになるかは分からないが、最高に生きて得たものを冥土の土産にして、あの世に行った時にTに見せられるように生きる。それが志半ばで亡くなったTへの最高の供養になるだろう。筆者はそう考えている。Tはそれをきっと天国で見守っていてくれるだろう。頼むよ、T、合掌。(-|-)
人間の死は突然やってくる。しかし「明日死ぬんじゃないか」とあまり自分の運命に悲観的過ぎると、後先を考えずにその場その場の利益ばかり追いかけてしまう。統計的には人生は80年、非常に長いのだから、もっと広いビジョンで人生を見つめる必要もあるが、かといって「生きてて当然」と楽観的過ぎるのも困る。適度なバランスが必要だ。さぁ、読者の皆様はどうお考えですか?

このエッセーの執筆がここまで遅れ、ひどい乱筆になってしまったのは、仕事が忙しかった(?)のと、自分の心の整理をつけるのが大変だったこと。どうも申し訳ありませんでしたm(__)m。

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