いっちゃん
訪問者の皆様、新年明けましておめでとうございます。今年2002年もどうぞ宜しくお願い致します。
…えーっと、今年は平成何年だっけ?去年が13年だったから14年か。昭和にすると(注1)……まあいいやいいや、もう昭和が終わってあんなに経ってるんだから、その辺は数えなくてもいいか。
さて、去年12月1日には皇太子妃雅子さまが新宮さまをご出産にならられて……ンガ!(>_<)あ〜、舌がもつれるぅ〜……いや〜、ミレニアムベイビーのご誕生ということで、おめでとうございま〜す!!(^o^)/□☆□\(^o^)(^o^)/□☆□\(^o^)乾杯!
ははは、本当にかわいいですね、愛子さま。天皇陛下もさぞかしお喜びで早速おのろけモード。自分の孫なんて、本当にかわいいんだろうなー。僕もそろそろこんな赤ちゃんほしいなー(注2)。
カモン、ベイビー!はじめまちてー、いっちゃんでちゅよー。おじーちゃんと同じお誕生日でちゅよー。べろべろべろべろー!……ママはお元気でちゅか?……おやおや、かわいいおててで指差してくれて。あ、あのテレビの中にいるんでちゅか?
あぁ、紅白にあの澄みきった歌声が16年ぶりに復活とは、本当に感動ものですねー(注3)。……なんか違うなぁ。確かにマサコさまではあるけれど。
というわけで西暦2002年最初のエッセーでは、愛子さまのご誕生にちなんで、赤ちゃんの話をいたしましょう。筆者いっちゃんの赤ちゃんについて考えている幾つかのくだらないウンチクについて、何かのお役に立てるかどうか分かりませんが、語っちゃいましょう。
人間の赤ちゃんは、どんな人種でもかわいい顔をしている。人間のみならず、他の動物の赤ちゃんも見ているとかわいい。清少納言の「枕草子」にも、「うつくしきもの」として次のように書かれている。
うつくしきもの、瓜にかきたるちごの顔。すずめの子の、ねず鳴きするにをどり来る。二つ三つばかりなるちごの、急ぎてはひ来るみちに、いと小さき塵のありけるを、目ざとに見つけて、いとをかしげなる指にとらへて、おとななどに見せたる、いとうつくし。かしらは尼剃ぎなるちごの、目に髪のおほへるを、かきはやらで、うちかたぶきて、ものなど見たるも、うつくし。(後略)(注4)
なぜかわいいのだろうか?誰もが不思議に思ったことだろうが。実はこれには、ちゃんと科学的根拠があるらしいのだ。
動物は次のどちらかの理由で、先天的に赤ちゃんをかわいいと感じるように仕向けられる。
- 赤ちゃんが、かわいいと感じられるような風貌で生まれてくる。
- 赤ちゃんの風貌をかわいいと感じるように、動物の感覚が生まれついてくる。
これは実は、赤ちゃんが順調に生まれて育てられ、生物が種の保存を継続するのに、必要不可欠な条件かもしれない。もしも赤ちゃんが醜いグロテスクな姿で生まれてきたとしたらどうなるか?おそらく赤ちゃんは、いずれ立派な大人になるとは真理として分かっていても、親にとっては単に手のかかるお荷物としか感じられず、すぐに親に見捨てられ(注5)、種の保存などとてもかなわないだろう。
筆者は独身で未経験だが、そばで見ていると子育てというのは実に手間隙のかかる大仕事のようであると、よく理解できる。いくら種の保存とか将来を担うとかいってもそれは思いっきり先の将来のこと、そのために、当座の見返りもなく、ただ時間もお金も手間も費やしてこのつらい大仕事をするとしたら、それはまるで暗闇を道標なしに一人でひたすら歩くようなもので、どんなに辛抱強い親でも投げ出してしまうに違いない。
そのつらい子育てを支えるのは何か?それは、赤ちゃんのかわいい笑顔やしぐさである。親は子育てのため、苦労して生活費を稼ぎ、つきっきりで世話をし、自分のいろいろなものを犠牲にしてでも我が子に尽くす。その苦しさは、「かわいい」我が子の笑顔が忘れさせてくれる。赤ちゃんは「かわいい」オーラをふりまくことによって、周りの大人の心を癒し、和ませ、落ち込みから立ち直らせ、「産んで良かった」「一緒にいて楽しい」という充足感を与えることで、育ててもらい続けることができるのではないか、と筆者は思っている。(注6)
更に最近になって、X線カメラ映像によって次のような驚くべき事実が明らかになったそうである。こんな事実が出てきては、生まれてくる赤ちゃんの苦労が痛いほどしのばれる。赤ちゃんはツライノヨ。
人間の赤ちゃんは生まれる前に、子宮の中でかわいい笑顔をつくる練習をしている!!!
ところがこの練習の甲斐もなく、現状では十分に愛情を与えられずに見捨てられる気の毒な子供がいる。最悪の場合は命を落としてしまうのである。それは、親がその子をかわいいと思えなくなってしまうから、のようである。
そうでなくても、結婚しても子供を欲しがらない人が最近増えていて、筆者の会社にも何人か結婚して長いのに子供のいない人がいる。まあこれはその個人個人の都合もあり、そこへ他人がどうこう干渉できるものではないので何ともいえないが、そういう人は体質的に子供をつくれないのか、或は多分子供をかわいいと感じる機会にあまり恵まれていないのだろう。
おそらく、テレビや新聞で映し出された愛子さまのかわいらしいお顔が、日本全国にオーラをふりまいて、人々のベクトルを赤ちゃんを産む方向へと向けて、日本の少子化に少しは歯止めをかけてくれるのではないか、と筆者は期待している。
ばぶー、僕もかわいい自分のベイビー早く見たいでちゅー。(^ε^)
動物は必ず最初は赤ちゃんとして生まれてくる。そして人間の赤ちゃんは、必ずといっていいほど泣きながら生まれる。この「オギャ、オギャ」という声はしばしば「産声」として、この世に生まれてくる喜びの象徴として賞賛される。
ならば、笑いながら生まれる赤ちゃんがいても、ちっとも不思議ではない。でもそういう話は聞かない。一体赤ちゃんが泣くのは、どうやって説明がつくのか?筆者は、かなり以前からこの問題を考えていた。(注7)
コラ、チミチミ、全然説明になってないよ、あっちに行ってなさい。...ええと、話を戻そう。なぜ泣くのか?世間の人は、これを喜びの声と解釈するが、筆者は敢えてこれに反論する。赤ちゃんにとっては、母親の胎内から外に出ることは、この上ない苦痛なのだ。その苦痛から赤ちゃんは泣くのだ。だから、産声は決して喜びの声ではない。
どうしてこんなことがいえるのか?それには、まず赤ちゃんの立場でその環境の変化を考える必要がある。もともと赤ちゃんは母親の子宮の中で数カ月を過ごす。この子宮は体温と同じ温度に保たれ、外の音や光が入ってこない、更に胎児は羊水という液体にくるまれていて、独特の環境なのである。それがいきなり外の空気、騒音、光などにじかにさらされるのだ。これはその赤ちゃんにとって大変な変化である。その環境の変化になかなか対応できないため、苦しがって頻繁に泣くのである。(注8)
その証拠に、新生児に女性の子宮の中の音を聞かせる実験がある。女性の子宮の中にマイクを入れて録音すると、その女性の体に流れる血液などの音がゴーゴーとする。その音を新生児が多くいる部屋で再生すると、さっきまで泣いていた赤ちゃんがすやすやと気持ち良さそうに眠りについたのだ。この結果から、産婦人科では新生児の部屋でこのような音を流し、泣き声が飛び火するのを防いでいることがある。
つまるところ、赤ちゃんはこの世に生まれてくることが苦しくて泣いているのだ。別に自分のこの世の運命を知っているわけではない。自分の産み落とされた世界の世知辛さを嘆いているわけではない。ただその一刹那で苦しいから、泣いているのだ。暖かい静かなお母さんのお腹の中は本当に良かった。それを無理矢理引きずり出され、まだ外の空気になじめない。だから久しぶりにその音を聞くと、快適に感じるのだ。
この世に生まれてくることは、人生の中で数ある過渡現象の最初の一つである。そしてこの赤ちゃんが発する「産声」、すなわち、この世に生まれてくる苦しみは、人生で乗り越えなければならないハードルの最初なのである。そう考えると、子宮の中の音を赤ちゃんに聞かせるのは、そのハードルの逆戻りを促しているようで、本当ならば好ましいとはいえないのだが。
これで、なぜ赤ちゃんは泣きながら生まれてくるのか、おおかた説明がついたと思う。赤ちゃんはツライノヨ。
赤ちゃんというのは本当に摩訶不思議なものである。その神秘はまだまだ掘り下げればきりがないが、赤ちゃん一人が生まれてくるのには悲喜こもごものドラマが繰り広げられる。
神様は赤ちゃんが親に順調に育てられるように、赤ちゃんをかわいくつくって周りの大人たちを釘付けにせしめた。そして赤ちゃん本人も、この世でうまくやっていけるように、子宮の中で笑顔のリハーサルを何度も繰り返し、温かい母親の子宮の快適な空間から無理やり引きずり出されるという試練を涙ながらに乗り越えることで、適応性のあるたくましい精神力を持ってこの世に生まれて育っていく。なんか気ままに甘えん坊で生きてるみたいだけど、赤ちゃんはツライノヨ。
それはまるで、年頃の娘さんが花嫁修業をして嫁いでいくようなもの。年頃になると娘さんは、男性に好感をもたれるようにと、家事のスキルや教養を身につけ、身だしなみに気を遣い、きれいになっていく。そしてある人は自ら出会った男性と恋に落ち、ある人は縁談をすすめられ、両親と「長い間お世話になりました」(注9)と涙で別れながら嫁いでいき、新婚生活に戸惑いながらも幸せな家庭をつくる。……ねえ、待ってよ、なんでみんなよそへ嫁いでくんだよぉ?誰かこっち来てよ!
雅子さまも長らくお子様に恵まれず、いろいろつらい思いをしていらしたのだろう。とりわけ皇室というのは日本で最も由緒ある家柄で、しかも将来の天皇になられるお方(注10)ということで、プレッシャーは大変なものだっただろう。もしかするとこの重いプレッシャーが、雅子さまの出産を遅らせる原因になっていたのかもしれない。
でもまあ、こうやってめでたくお生まれになって、本当によかったですね。この愛子さまとともに、多くの幸福が日本中にやってきますように。