酒鬼薔薇少年の事件簿

いっちゃん

阪神大震災から2年が経った。未だに仮設住宅で暮らしている人がいるようだが、神戸の街は盛んに復興し、人々も心の安らぎを少しずつ取り戻している。

しかし、そんな神戸にまた激震が襲った。まず2人の小学生の女の子が通り魔に襲われ、その1人は間もなく死亡した。また猫や鳩が無残な姿で殺される事件も、数件起きた。
そして最大の悲劇は5月24日の昼に起きた。須磨区の多井畑小学校6年生の土師(はせ)淳君が、おじいちゃんの家に行くといって家を出てから行方不明になり、27日早朝に彼の頭部が切りとられて、友が丘中学校の校門の前に置かれていた。その後北隣の通称「タンク山」で彼の胴体が見つかった。彼の口には「酒鬼薔薇聖斗」という文字の書かれた「挑戦状」があった。

それから約1カ月後の6月28日、その犯人が逮捕された。何と友が丘中学の3年生、14歳の少年だった!!(注1)……これで、住民たちが子供を外に一人で出歩かせてはならないという「戒厳令」が解け、ひとまず安心したのも束の間、14歳の少年が起こしたという衝撃的事実が浮かび上がった。

一体全体、どうやってこんな事件を、この少年は起こしてしまったのだろう?考えられる原因は幾つかある。まず少年がホラーマニアで、現実と空想の境目が分からないままに、動物を殺すことに快感を覚えて、ついに人間に手を出してしまったのだ。その為に包丁を万引きし、綿密用意周到に計画を立て、また殺してから反省後悔の色もなく挑戦状を書き、人々をふるえ上がらせて遊んだ。そしてそこに学校に対する復讐を宣言した。
学校に対する復讐……少年は学校を恨んでいた。まずあの阪神大震災で時の村山首相が視察した時、「もし自分の家族が死んだらお前を死刑にする」などと過激な発言をした。またその震災の影響からか、性格はひどく屈折し、学校では「はみだし者」というレッテルを張られ、先生や同級生に冷たくあしらわれた。中学校で多少性格が明るくなったようだが、同級生が彼の猫殺しのことをチクったとかで殴りかかり、歯を折るほどの怪我を負わせ、ついにその同級生は転校してしまった。そのことで先生にこっぴどく叱られ、「もう学校に来るな」とたたみかけられた上激しい体罰を受けた。この事件が決定的なきっかけだった。

このいわゆる「異常」を通り越して極限ともいうべき精神状態で、この酒鬼薔薇少年は淳君を殺すに至ったのである。


これがこの事件の真相である。この世の終りを思わせるような悲惨残虐極まりないこの事件は、様々な問題を引き起こした。

(1) 教育全体の問題 かつては学校や家庭のみならず地域が環境をつくっていたのを、その地域のまとまりがなくなって、学校と家庭にその教育の責任が押しつけられた。家庭は核家族化が進み、学校は負担が大きくなり、それで学校は好都合ないわゆる「優等生」のみ優遇して、周りに適応できない生徒をまるで大根の尻尾のように切り落とし冷遇する。折りからの激しい受験戦争はその傾向に一段と拍車をかけ、また子供たちに大きなストレスを与え、それがいじめなどの問題を引き起こした。こう考えると、この少年はまさしくこの問題を長らく放置した結果の犠牲者と考えることが出来る。そうするとこの少年に同情を禁じ得ない。

だから刑罰を科さないのか?というともう一つ、

(2) 少年犯罪の問題 現行の少年法ではこのようになる。ところでこの事件は、成人がやれば確実に死刑や無期懲役となろうと思われ、事実これに匹敵するクラスの宮崎勤事件では死刑判決が出た。遺族や不安に震えた人々の感情としては、死刑にしても足りないかもしれないし、にも拘らず少年だからといって刑を大幅に緩め、匿名で「将来的な更生」の美辞麗句のもとに保護処分にするというのは、極めて納得のいかないものであろう。

この相反する問題、一体どのように解決されるだろうか?まず家庭や学校をはじめとする教育環境の改善は必須である。それもただ単に有害なものを締め出したのでは、裏で何か問題が起きる。だから例えばもっと学校の懐を深くし、家庭との関係を密にして、全ての子供に居場所を与え、教えるべきことはきちんと教え、心身ともに健康に生活できるようにする。ましてや神戸では震災でPTSD(注2)に陥っているので、尚更心のケアが必要である。

一方、少年犯罪の扱いも、大きな変革が求められるだろう。これには激しい議論が繰り広げられるだろうが、ここで筆者自身の持論を述べておく。
未成年であることは、罪とか責任とかを免れる正当な理由にはならないし、また扱いが成人と比べて著しく不平等である。多分この点は「違憲立法審査」ということになろう。だからたとえ子供でも、大人と同様顔と名前を公表し、「将来的な更生」とか生ぬるい考えはいいかげんにやめて、成人がやった場合と同様厳正に処分すべきだ(注3)

だから、筆者が裁きを下すとすれば、

判決:酒鬼薔薇被告は、死刑に処する!!

過激だが、これが一番納得いく判決と思える。まあ早い話が、犯罪に成人も未成年もないのだから、とかくこういう凶悪な犯罪は厳正に処分すべきだ、と思うのだ。

だが、実際はそうではなかった。少年なので保護処分となり、精神的に異常が認められ、長期医療少年院送致ということになった。この処分は決して厳正ではないが、きちんと真人間になるまでシャバには出さないという点では(注4)、適切だったと思う。


後になってマスコミの過剰な報道が問題になり、「フォーカス」が少年の顔写真を掲載して、すぐ回収して販売自粛に踏み切るという騒ぎになった。これにはいろいろ論争があるのだが、加害者をしつこく報道しないようにというのなら、どうして被害者のプライバシーを傷つけるのだろう?そもそも、これまでも週刊誌やワイドショーは、他人のプライバシーを侵してまで、興味本位に報道しまくり、本の売上や視聴率を稼ぐ道具にしてきた。もういい加減にやめんか!...まあ、「週刊誌は他人の不幸を食い物にしてやっとやっていけるんだ」といえばそれまでだが。...やがてパリでは、ダイアナ元妃の事故死事件まで起きてしまった。ついに来てしまったか、という感じである。

また別に、考えたことがある。もし筆者に中学生の息子がいて、こういう凶悪犯罪をやってしまったら………一応親としては、最初は息子の罪が嘘であると、ひたすら信じるだろう。それが万一だめだった場合は、飼い犬に手を噛まれたような裏切られた思いをするだろう。
息子をかばうことは決してせず、むしろ勘当してしまうだろう。あとは息子が死刑になろうとすぐシャバに出ようと、息子に反省の色がない限りは、親の知ったことではない。いやそれどころか、もし冷静さを失っていたならば、その息子を殺してしまうだろう。………これはまさしく「トカゲの尻尾切り」、現実では決して許されない態度なのだが、少年の親はこう考えているに違いない。或は逆に、息子を必死になってかばおうとするか?

ちょっとここで、ひねくれた持論を申し上げますねん。親はそう世間で言われるほど、我が子の罪で責任を追及されなくてもよいのではないだろうか。もし殆ど親の意向で子供が動いていたのならば、それは明らかに親の責任である。でも実際には、親の意向は子供の行動には1割と反映されていない。
それに大体、人間は誰でも間違いを犯すもの。自分自身を絶対に罪に走らないように完全に抑えつけておくことすら無理なのに、自分の子供を全く罪を犯さない人に育てようだなんて出来るはずがない。だからただ我が子の罪だけを理由に、「親の育て方が間違っている」とは、本当は言えないはずである(注5)。もし言えたとすれば、それは余程親に問題がある場合であり(注6)、大半の親は当てはまらない。


それにしても、この少年は現実と空想がごっちゃになってしまったのか。先のオウム事件も宮崎事件も同様である。「清めの儀式」といって淳君の頭を風呂場で洗ったという。もしかすると、調べで「多重人格」とされるのかもしれない。何かしら精神異常があることは否めない。が、現代の日本はホラーものや仮想現実(Virtual Reality;VR)もあるし、ただでさえ多くの情報が氾濫している。この溢れる情報の中で、人々は現実というものを見失いつつあるのだ。

そういう意味では、この事件は現代の日本に、様々な点で警鐘を鳴らしたのである。そのことを、我々は厳粛に受け止めなければならない。

末尾ながら、土師淳君ほか、事件の犠牲になった子供さんたちの御冥福を心からお祈りし、御遺族その他関係者の方々に深く哀悼の意を表します。合掌。

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