愛と勘当の物語

いっちゃん

当時、少年は3歳だった。公団住宅に住み、兄弟姉妹のないいわゆるひとりっ子で、両親の愛情をたっぷり受けて育っていた。特に母親には甘えたい放題だった。そんなある時、その母親が妊娠した。身重の母は以前ほど少年に構っていられなくなった。そして出産が近付くと母親は入院し、その少年は出産の時まで、完全に引き離されてしまった。

そして母親は男の子、つまりその少年の弟を出産し、退院して久しぶりに帰宅した。両親は大変喜んだ。少年もまた母親に構ってもらえるようになると嬉しがった。
しかしそれに反し、そううまくいかなかったのだ。母親はその赤ん坊の世話ばかりして、その少年はむしろ邪魔扱いされた。
自分はもう構ってもらえないのか......少年はその出産を恨めしく思うようになり、その生まれてきた弟に激しい嫉妬心を抱き、弟を殴ったりした。この弟さえいなければ.....殺してやろうか、いや、殺すとこういう結果になることは目に見えている。だから殺すことは出来ない。

さて、ある日少年は、とんでもない悪さをした。弟の乗った乳母車を横倒ししたのだ。以前から少年の悪さに手を焼いていた母親は、ついに怒りが爆発した。思いっきり振りかぶって激しい往復パンチを食らわせた。少年はその勢いで壁に頭をぶつけ、激しく泣いた。そして母親は言った。

あんたなんか、産むんじゃなかった。もうこうなったら、あんたのお母さん、やめようかな。

少年は負けん気が強かった。しゃくり上げながら「反撃」した。

僕、は、ヒークヒク、ズー、子供を.....やめないからね。

何という減らず口。ついに母親は少年を玄関の外につまみ出し、

出ていきなさい、あんたなんか、よその子になりなさい!

そう叫んで、玄関のドアの鍵を締めて、少年を締め出した。
少年は実に納得のいかない思いだった。同じ子供でありながら、弟の出産を喜んだくせに、自分は邪魔もの扱い、挙げ句の果てに勘当するとは.....これは並の体罰ではない。最早お仕置きの度を超えている、と彼は思った。彼はギャアーギャアー泣き叫びながら、その玄関のドアに体当りした。
とにかくここはコンクリートの団地、暖かい家の中とはダンチがいに、そのコンクリの壁は冷たく、また玄関の鉄製のドアは重く厚く硬かった。少年は必死になって、頭から、足から、腕からドアを、がむしゃらに叩き続けた。その叩く音と、その泣き声で、周りには大変な騒音となった。ついに少年はドアを頭つきし過ぎて脳しんとう?いやいや、その前にお隣さんが母親に苦情を言って、それでめでたく勘当を解かれたのである。

この経験により、くしくも彼は

ドアは叩けば開く

という教訓を得たのであった。


10年の年月が過ぎた。中学生になった少年は、所属する部活で会計をやっていた。部費を部員から集めていたのだが、ある時大事件が起きた。部室に本当に一時的に、集めた部費を置いて立ち去り、後で戻ってみると、そのお金が消えていたのだ。被害額5万円。即その盗難の事実を誰かに伝えるべきか、それとも.....もし盗難の事実を明るみにすれば、学校では大変な騒ぎになり、学校など行けなくなってしまうだろう。
彼はそれを誰にも知らせず、当分探し回ることにした。しかしいつになっても出て来ない。ならば、自分の金でたてかえ、あたかも何もなかったかのようにしようか。彼は大変責任を感じていたので、出来ればそうしたかった。

自分の血を売ってでも。

だが総額5万円、彼の小遣いで捻出出来るしろものではなかった。

1カ月経った。顧問の先生がたまりかね、とにかく早く部費を出せ、と催促してきた。さあ大変。もし外に知らせることにならなければ、その5万円はどう埋め合わせるのか、彼の親が尻拭いすることは確実である。彼の不始末で起きた盗難事件、そのせいで彼の家庭がこの出費を余儀なくされ、生活で苦しめられるのだ。両親が巻き添えをくうのだ。彼は無情にも、家の米を食いつぶしてしまったのだ。
自分は家の米を食うだけ、稼ぐことは出来ない、そもそも自分は家族にとって、何の利益があるのか。父は会社で稼ぎ、母は家事をし、2人で自分と弟を養ってくれる。では自分は何の役割があるのか。将来がある?とんでもない。人生はもしかすると25年ぐらいかもしれない。突然病気や事故に遭うかもしれない。将来などあてに出来ないのだ。で、今はこの家にとって、全くの役立たず。自分は何の為に生まれてきたのか?

そんな時、彼の幼い記憶が脳裏をよぎった。自分は勘当息子だ。なぜ勘当されたのか。理由は簡単、親に負担をかける一方だからだ。

自分はただの粗大ゴミ。ただ単に動物的本能で甘えることが出来ただけだ。ならば、生まれて来た時になぜそれに気づかなかったのか。全然気づかず13年を生きてきた。もうこれ以上、この家の穀潰しではいられない。

自分は死ななければいけないのか......。部費を先生に提出するその日、彼は机の上に遺書をしたため、自分の部屋のカーテンレールにひもを結んで首を吊ろうとした。

しかしその時、運悪く(?)母親に見つかってしまった。彼は号泣し、ありのままの事実を伝えた。先生と両親は一時は彼を責めたが、かといってそうひどく叱ったりはしなかった。で、その部費は案の定、彼の両親が全額立てかえることになった。そして彼がその申し訳ない思いを両親に伝えると、両親は

「あとで大人になって、ゆっくり返してくれればいい」

と優しく言うのだった。この一言は彼をひとまず安心させるのであったが、一方で心苦しいものでもあった。

その後、その盗まれた部費は戻ることはなく、少年はいつまでも親にかけたその負担を、負い目に感じながら、その借りを返せる日を心待ちにしながら、大人の階段を登って行くのだった。本来ならば高校など行かずに早く就職して、すぐに家計を助ける役割に回りたかったのだが、両親は学歴を得て会社で高い給料をもらってくれたほうがいいと彼を説得し、彼はその道を進むのだった。


そして10年あまり、彼は就職して、会社で高い給料を稼ぐようになった?のではない。彼は親に負担をかけていることをずっと気にしていた。高校は公立、そして浪人はしなかった、ここまではいい。ところが何と彼は、学費の高さで日本一かもしれない有名な某W大学に進学し、おまけに卒業しても就職せず、また学費のかかる大学院に進学する、という当初とは全く逆の進路を辿った。一体この勘当息子、いつになったら親の借りを返せるのやら......。
一応彼は某大手電機メーカーを希望しているのだが、銀行や商社に比べれば決して稼ぎの良い仕事とはいえないのだ。

この物語は、半分フィクションです。とある学生をモデルにして書かれています。かなり大げさにしています。どこまで本当か、どこまで嘘か、そこはご想像にお任せします。

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