いっちゃん
X JAPANやhideのファンの皆様へ
僕はX JAPANやhideのファンではないので、このエッセーにはもしかするとファンの感情にさわるような表現があるかもしれません。その場合はなんなりとお申しつけ下さい。でもファンの方々がいかに深く悲しんでおられるかは、よく分かっているつもりです。
1998年のゴールデンウィークの真っ只中、突然衝撃的なニュースが日本列島を走った(注1)。あの人気ロックグループ「X
JAPAN」のギタリスト、hide(本名:松本秀人)が5月2日早朝、自宅マンションで自室ドアノブに巻いたタオルで首を吊った状態で亡くなった。享年33歳。警察は自殺したものとみているが、遺書や前兆らしきものは見当たらず、彼の死は多くの謎に満ちている。「エレペノル症候群」(注2)という専門家の分析もあるようだが。
筆者は最近のJPOPにはかなり疎いし(^^;)、ましてやX
JAPANのファンでは決してなく、Hideについてはそう詳しく知らなかった。だが少なくともX
JAPANが大変な人気・実力を誇る日本を代表するアーティスト(注3)なので、これは絶対に大変な騒ぎになるだろう、と予想した。
実際はその予想をはるかに超える有り様だった。大勢のファンが際限なく取り乱し、荒れ狂い、地獄絵図のように見えた。何しろあの偉大なX
JAPANで、最もファンに近い所にいたhide、あの特有の「ビジュアル路線」を生んだカリスマ的ギタリストのhide、難病の少女との心温まる交流、骨髄バンク登録など心優しいhide、そんなhideは生きることの大切さを説き、ファンの絶大な支持を得ていた。そのhideが何の予告もなしに、自ら命を断ってしまったのだ。だからファンは叫ぶ。「なんで死ぬんだよ!」hideが自殺で死ぬとは信じられず、ひどく混乱しているのだ。
訃報を聞いてロサンゼルスから急遽帰国したX
JAPANリーダーのYoshikiは、ファンの混乱を重くみて、緊急記者会見で涙ながらに訴えた。「僕らは現実をしっかりと受け止めないといけないと思う。ご両親はじめ家族、友達、みんな頑張っています。」しかしそれも空しく、日本のあちこちで後追いとみられる自殺・自殺未遂が相次いだ(注4)。しかも幾つかはhideと同じく、タオルをドアノブに掛ける方法で。このような後追いは今年7回忌を迎える尾崎豊のときもあったのだが(注5)。
6日の通夜、7日の葬儀は東京の築地本願寺で行われた。企業の採用面接が終わった後で、夜遅くに野次馬根性(^^)で寄って覗いてみたのだが、異様な光景を目の当たりにした。派手ないでたちのファンが集まり、泣いたり、叫んだり、暴れたりしていた。歩道は大混雑し全く身動きがとれず、車道もファンの横断で大渋滞、警察官が大量に動員され物々しい雰囲気だった。花屋は献花のファンが殺到して品切れ、コンビニも棚は空っぽ、公衆便所は長蛇の列、本願寺は徹夜のファンに取り囲まれた。生け垣は無残になぎ倒され、道路標識や塀に「hide」の落書きも。
7日昼にテレビで報道された映像では、葬送の列が隅田川沿いにまで長く延び、参列者総数5万人(注6)。ボーカルのToshiは数珠を片手に、Yoshikiのピアノに合わせ泣きながら「Forever
Love」を祭壇に向かって歌った。また出棺の時には霊柩車が足早に出て行ったが、それに追いすがり「ヒデ!」と将棋倒しになって泣き叫ぶファン。徹夜や暑さ、極度の興奮などで失神し病院にかつぎ込まれるファンが続出。しかしこの凄絶な狂乱状態の中で、hideをきれいに送ってあげよう、と団結して掃除をしたという光景もあった。いかにhideが生前多くの若者の心をとらえていたか、を物語っていたといえよう。骨髄バンク登録に殺到してもいる。
さて、ここで自殺というものを考えてみよう。自殺とは自分を殺す、すなわち自分の人生を自分の手で終りにしてしまうのだ。人は普通は生きていることに幸福を見出す筈なのである。が、こういった理由で人は自殺願望を持つことがある。
自殺の大半は前者であるが、日本では死を容認する風潮があるせいか後者がほかの国より多い。例えば新井将敬氏は自分の起こした事件の幕引きが目的だった。映画監督の伊丹十三氏は身の潔白を証明しようとした。今年になって政界などの著名人の自殺が増えているが、その大半は後者である。もっとも中には両方というものもあるが。
で今回のhideの自殺は、どちらに属したのか?というと、後者のようである。筆者はこう考えている。
ソロ活動は長い間順風満帆、しかし自分の人生にはどうしてもX
JAPANが必要なのだ。X JAPANあっての自分の人生、それも自分の活躍の場所として、ミュージシャンとしての知名度を高めただけのものにとどまらず、自分の心の支えになった存在、そしてその仲間たち。これを何が何でも取り戻したいという気持ちがあまりに強まり過ぎて、自分の死をもって訴えたかったのではないか。
また自殺とは、自分で決めて死ぬのである。だから場合によっては自分の人生の一選択肢ともいえる。従って良い方向に解釈したとすれば、「慎重に慎重に考えた結果、自分の人生の選択肢として自殺が最善だと判断して実行した。」ということになる。もっともその判断には、自分の人生だけでなく周りの人々の感情なども考慮する必要がある。とすると、自殺が許されることは現代ではまずあり得ない。ましてや突然発作的に自殺するのは論外である。で、hideの場合はというと、仮にエレペノル症候群で突発的にやってしまったにしても、潜在的に自殺を考えていたことは確実(でなかったら事故としか思えない!)、しかもそれは客観的にみると決して最善の選択肢ではないだろうが、もし彼自身が人生の選択肢として最善と考えていたのならば、それはほんの少しだが容認することになろう。
それから自殺という観点ともう一つ、早く死ぬという観点から眺めてみる。ある人が死ぬと、それはその人の人生が終る一大事である。しかしこの享年というのが問題。一般に死ぬ人の大半は老人だから、若い人が死ぬのは大変珍しい。それゆえ若い人の死は大きなニュースとなる。しかも「まだ将来があった筈なのにもったいない」とかいう同情的な精神もあって、人々には大きなインパクトを与える。(そういうこともあってか、若年層の自殺は「訴える」タイプが多く、老年層の自殺は「絶望」タイプが多い。)ジョン・レノンやダイアナ元妃の死は世界中で極めて注目を集めた。それに比べて89歳のマザー・テレサの時は、「来るべき時が来た」といって世間は幾分冷静だった。本当は人生どれだけあるか分からない筈なのだが。
それにしても、hideの死はあちこちに波紋をよんだ。まずX
JAPANのメンバーは大変だっただろう。Yoshikiは親友hideを失って悲しみで涙が止まらなかったが、なんとか必死にこらえてファンに「自殺しないで」と訴えた。Toshiは自分の脱退のせいでX
JAPANが解散、それがhideの自殺につながったと思い、ひどく自分を責めているようである。そのせいか、「Forever
Love」はやたら痛々しく悲鳴みたいに聞こえた。
それからファンの後追い。自殺学でいうところのウェルテル効果(注7)というのか。そのファンたちは死ねばhideに会えると思っているのだろうか、それともhideのいない自分の人生は空っぽとでも言うのか、それとも自分がhideとそこまでしてつながることに誇りがあるのか、よく分からないが、
hideが大事なのは分かるとしても、自分は大事じゃないんですか?自殺は本当に貴方の人生で最善の選択肢ですか?それに貴方の死を悲しむ人が少なからずいることも忘れないで下さい。まずは冷静になって下さい。
最後にファンの方に申し上げておきます。hideはあの偉大なX JAPANに自分の一生を捧げた人です。ある一つのものに自分の一生を捧げることが出来た幸せな人です。X JAPANがあったから、ここまでやってきたのです。そしてここまでX JAPANを思う心があったのです。だから疲れたんでしょう。ゆっくりさせてあげましょう。もしhideの死がそんなに悲しければ、思う存分泣いて下さい。でもいつかは元気を出して下さい。hideが生きられなかった分まで生きるのです。そして、hideのご冥福を心からお祈り致しましょう。
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