いっちゃん
高校時代……なぜいつもこんなに思いを馳せるのだろうか?自分でも不思議でしょうがない。確かに高校とは、小・中学のような義務教育ではなく自分で選んだ進路なのだが、かといって大学のように自分の進路が(他人と違って)大きくはっきりと見えているわけではない、何とも中途半端な人生の段階であるが、それだけとはどうもいえない。思いを馳せる理由は、そう簡単には説明できないのだ。
考えてみると、筆者は平成5年に高校を卒業して以来、所属していた吹奏楽部が毎年GWに開く定演(注1)を一度も欠かさず聴きに行っている。最初のころは、自分と近い世代の卒業生が何人も集まり、再会を喜び思い出を語り合い(注2)、それでかつ自分と一緒にやっていた後輩たちの活躍を見届ける、という場だった。ところが卒業生は進学はたまた就職で地理的・時間的に来られなくなり(注3)、いつからか自分と一緒に在籍していた卒業生が全くいなくなってしまった。それでも何故か筆者は、毎年3月・4月になると定演の情報をどこからか入手し、GWの予定を調整して「お約束通り」いつもと同じ場所の定演に足を運んでしまうのだ。
一体全体、何が自分を定演へ引き寄せるのだろうか?……それはニュートンの万有引力でもなければファラデーの電磁力でもない。それはほかでもなく自分の高校時代の吹奏楽部の思い出であり、そのかつての自分と同じような姿をした後輩である。いやね、これまでだとだんだん思い出とか後輩への思いとかは年々薄れてしまうんだけど、高校時代からもう10年、ここまできてしまうと、今度は逆に思いが強くなってしまうのデス。僕もいつの間にか社会人、最近になってあの頃に比べて失ったものもあるような気がするのデス。それでひそかに「あの頃に戻りたい」なんて思っているもので。
高校時代は、とにかくいろいろなことがあった。中学時代に吹奏楽部でトランペットを吹いて、顧問の先生の言葉のしごき(注4)にたえながらも続けた。それだけに自分を「打たれ強い」と自負していた。そして自分が高校でも引退・卒業までずっとトランペットをど根性で吹き続けるものと踏んでいた。ところが実際はどうだったか?……
この吹奏楽部のトランペット(以下Tp.)とパーカッション(以下Perc.)のメンバー構成は、筆者が入部した頃は次の通りだった。1年生部員が演奏の一員として活躍するのは、毎年5月に開かれる定演以後で、それと同時に3年生は受験勉強のために殆どが引退する。
| Tp. | Perc. | |
|---|---|---|
| 2年生 | ♂ ♂ ♂ | H先輩(♀) ♀ |
| 1年生 | Nさん(♀) いっちゃん | Yさん(♀) |
最初トランペットを吹いていた筆者だが、その実力は自分より経験の浅い同級生のNさんよりも下だった。何とか努力はしたものの、どうも肩に力が入り過ぎていたようだ。それで夏休みのコンクールでは完全に調子が悪かったのだが、秋になって文化祭などとなると調子が若干戻ってきた。
そのとき、筆者はたまたま歯列矯正をすることになり、トランペットを吹けなくなってしまった。これが筆者に立ちはだかる最初の関門だった。
いっちゃん、さあどうする?……悩んだ末、筆者は当時深刻な人数不足に苦しんでいたパーカッション(以下Perc)パートに移った。但しTp.も翌年の定演後に人数不足に見舞われる可能性があるので、そのときは歯の矯正も終わるので、1年の入部次第でTp.に戻る可能性もある、と公言した。
| Tp. | Perc. | |
|---|---|---|
| 2年生 | ♂ ♂ |
H先輩(♀) ♀ ♂(賛助出演) |
| 1年生 | Nさん(♀) | Yさん(♀) いっちゃん |
Percでの日々は充実していた。筆者はここで本当に素晴らしいH先輩に出会い、彼女に親切に演奏法を教わり、ここで絶対音感をフルに発揮した。そしていつしか最初からPercに入っていた同級生のYさんをも凌ぐ勢いとなった。
しかし筆者の状況は順調ではなかった。Perc.に移ってくるときに、翌年の1年の入り方次第でPerc.にとどまるかTp.に戻るか分からない、という中途半端な決断をしたために、宙ぶらりんの状態になってしまったのだ。
翌春、この決定は実に難しいものとなった。新入生はTpに2人、Percに3人入ってしまったのだ。もしも筆者がPerc.にとどまるならば、3年生引退後の人数構成は次のようになる。
| Tp. | Perc. | ||
|---|---|---|---|
| 3年生(間もなく引退) | ♂ ♂ | H先輩(♀) ♀ ♂(賛助出演) | |
| 2年生 | Nさん(♀) いっちゃん | Yさん(♀) いっちゃん | |
| 1年生 | ♂ ♀ | ♀ ♀ ♀ | |
| 1年生+2年生 | Percにとどまった場合 | 3人 | 5人 |
| Tp.に戻った場合 | 4人 | 4人 | |
筆者は実に悩んだ。どちらのパートにも愛着があり、個人的にはどちらかというとPerc.にいたかった。実力はPerc.のほうがより発揮できる。しかし、筆者は多くの部員たちが、自分にTp.パートに戻ることを望んでいると思い込んだのだ。もたもたして優柔不断だと思われるのは嫌だ、それに我を通して我儘といわれるのも嫌だ、それならば……筆者は自分の意思に反し、Tp.に戻ると周りに伝えた。そして自分の身の上がしっかりした筆者は、定演でPerc.の一員としてのびのびと活躍した。
しかしこれは間違った選択だった。実際Perc.は5人を要し、一方Tp.は人数不足の低音パートとバランスをとる為3人が適当だった。この現実を定演直後にやっと知った筆者は、この決定を撤回しようかと考えたが、最早引き下がれず、あとは辞めるしかないと密かに決心した。
筆者はその采配に物言いをつける人が現れることを願った。さもなくば、吹奏楽部を去らなければならないのである。人手不足のPerc.を横目でチロチロ見ながらラッパを吹くのは耐えられなかった。別に双方のパートの間でいっちゃんの取り合いが起こる訳でもなく(注5)、むしろ人望を失う恐れがあった。YさんはH先輩からパートリーダーを引き継ぐことに不安を感じ、H先輩にすがりついて泣いていた。筆者は彼女が泣く理由が分からなかった。
翌日、定演の反省会があったが、そこで筆者は大変つらい場面に出くわしたのである。願い通り、筆者の決定に物言いをつける人が現れた。しかしそれは実につらい時であった。人望を一気に失ったのだ。筆者のそばであのYさんが
「ペット吹けないからって、パーカスを穴埋めにしてたなんて。」(ToT)
と泣きながら言った。とりあえず筆者の胸のつかえは取れたが、すぐに例の決心を撤回する場合ではなかった。心の整理が必要であった。彼女を泣かしたのは後々で大きな悔いとして残った。それに筆者は、優柔不断で自分勝手というレッテルを貼られてしまった。やはり筆者は、自分は部に受け入れられないのではないかと不安に思った。
Perc.は穴埋めだった!?なんという事をしてしまったんだろう。筆者が完全に立ち直るまでには時間がかかった。それでも数日後、恐る恐る部室に入り、そしてPerc.の場所に行った。すると部員は何の抵抗もなく受け入れてくれた。ふぅ…。(^。^)Tp.に戻ると伝えてしまった先輩には、一応事情を説明して、Perc.にいると伝えた。
こうして、いっちゃんが最早宙ぶらりんでないPerc.の日々が始まったのである。
| Tp. | Perc. | |
|---|---|---|
| 2年生 | Nさん(♀) | Yさん(♀) いっちゃん |
| 1年生 | ♂ ♀ | ♀ ♀ ♀ |
さて、本格的にPerc.のメンバーになった筆者は、それまでに作った大きな穴を埋めるべく、猛烈に取り組みはじめた。とにかくあたかも最初からPerc.にいたかのように実力をつけてしまおう、失った人望を取り戻そう、筆者にはそういう気迫があった
そこでまず目をつけたのは、シロホンやヴィブラホンといったいわゆるマレットパーカッションであった。このシロホンへの取り組みは大成功だった。筆者がシロホンをすごい勢いで叩いているそばで、かのYさんが青ざめていた。
これで得意になった筆者は、夏休み明けにはドラムスにのりだそうとした。ドラムスはPerc.の「長老」がやるものであって、筆者はその「実力者の象徴」を狙っていた。もしドラマーになれば、最早筆者はあの大きなブランクを持った人ではなくなり、それまでのつらい過去が一気に帳消しになるであろうからである。
しかし筆者の前には壁があった。あの苦い過去が邪魔をした。ドラマーはYさんになった。筆者は実力さえつければなれると必死に抵抗したが、ダメだった(注6)。今でなくてもいい、せめて最後の定演で、1曲だけでもいいからやりたい。筆者はそう思った。実際実力的には、筆者はYさんに勝っていた(注7)。にもかかわらず筆者は、Yさんが叩いてるのをただ指をくわえて見ーてーるーだーけー。
筆者は必死にもがいた。あの過去はどんなに悔やんでも消えない。どんなに頑張っても、Perc.の「長老」にはなれない。筆者はただ単にドラマーになれないだけでなく、ドラマーになれる可能性が皆無なのだ(注8)。これはあまりに悔し過ぎる。自分にその可能性が転がり込ませるためには、強引に
とするしか方法がなく、筆者は愚かしくもこれを考えた。しかし筆者には、H先輩のように素晴らしい先輩になるという目標があった。それに第一部員としての本分に反する行為だったので、出来なかった。
気が付くと、筆者の人望はボロボロになっていた。他の部員が自分を避けるような姿勢になっているのを覚えた。どんどん周りにアプローチを図るのだが、逆効果だった。それで、とにかく実力をつけて自分をアピールすれば情況は好転するだろう、わらにもすがる思いでそう確信してガムシャラに取り組むのだが、それが実ったようには到底思えない。
あの恨めしい過去さえなければ……。この世の中は、罪を犯してしまった者を更生させないようなつくりになっているのである。またよい行ないをしても、相手の先入観が邪魔をして正しく評価されないのだ。そもそも筆者が実力をつけたことがかえって災いした。実力のせいでドラマーの地位が手に届く寸前に迫っていて、まるでニンジンを目の前にぶら下げられた馬のように、いらぬ不満を感じるようになったのだ。
筆者はついに、自分と同じような過去を持たない他の全ての部員を嫉妬するようになった。自分の汚れた過去はどうしても消えない、いくら演奏面で実力をつけようとしても認めてくれない、自分にはどうも悪い印象ばかりがつきまとうようだ。こんな苦しいのは自分だけだ。……これじゃ続けていても自分の周りで不協和音になるだけ(注11)、それならば……何度か辞めようと思った。
ところがなぜか、いっちゃんとはテコでも辞めない人物なのでござりまする(^^;)。とりあえずドラムスのことは表面的には諦めたふりをしたつもりだった(注12)。筆者に出来るのは、ただひたすら最高の音楽をつくるために熱心に打ち込むことだけだった。
Perc.をやらなかった半年のブランク、Perc.に正式にやってくるまでの1年のブランク、Tp.との間の宙ぶらりんだった半年のブランク。そんなブランクなんて、誰よりも熱心に打ち込むことではねのけてしまえ!いくらなんでも後輩にそっぽを向かれ、追いたてられるように引退するのは嫌だ、せめてある程度かっこよく引退したい、それとばかりに3年になった筆者は、とにかく気合だけでガンガン押しまくり、事あるごとに
などとクサイ言葉を口走り、かなりのオーバーヒートになっていた。
しかしそこまでやることはなかったのだ。たまたま頻繁に学校に来ていた卒業生(注13)が口々に発した言葉によって、筆者はそのことに初めて気付いた。
「いっちゃん、すごい。あのシロホンさばき。あんなに難しそうなのを出来るなんて。」
「遅れてPerc.にやってきたなんてとても思えない。あの時大変だったけどよく頑張ったね。」
「いっちゃんみたいに熱心に取り組む人はほかに見たことがない。」
そう、自分は既にシロホンと熱心さという誰にも負けないものを持っていたのだ、だからブランクだの古傷だのは本当は問題にしなくても良かったのだ。ところが筆者は埋めなくてもいい穴を埋めようと勝手にもがき、一人でオーバーヒートして、人望をひどく失ったと勘違いして自分の周りに壁を作ってしまったのだ。あぁ、何たることだ!
むしろ、筆者は「二足のわらじ」をはいた数少ない部員として、ほかの人より多くの面からこの吹奏楽部を支え、またそれに伴う困難に立ち向かったのだから、それに誇りを持つべきなのだ。
とりあえず、筆者は自分に対する自信を取り戻し、晴れ晴れとした気持ちで最後の定演にこぎつけ、残してきた多くの忘れ物をちろちろ気にしながらも、かなり格好のついた状態で吹奏楽部を後にした。
それからの筆者は、受験戦争に全力を出し始めた。やはり人間関係はあまり芳しくない、というより筆者の理想が高過ぎたのかも知れないが、少なくともあのH先輩のような先輩像を目指していた。自分を見直してもらおう、自分が努力家であることを認めてもらおう、自分の高校時代を報われたものだと言えるようにしよう、それとばかりにまたもパワー全開になり、何が何でも第1志望の早稲田大学理工学部に現役で入ろうと頑張った。結果は見事に合格、そして現在に至っている。
その後はどうなったか?あの頃一緒に演奏した仲間との人間関係に関しては、一応つつがなくやっている(注14)。また筆者は自分が高校時代に所属していたパートをアンケートなどで聞かれると、いつも
と答えることにしている。もうここまでくると、かつて忌まわしく思ったあの経験は既に、熱血吹奏楽部員いっちゃんの勲章へと変貌してしまったようだ。
ま、いろいろあったけど、残してきた忘れ物もやたら多いけど、とりあえずめでたしめでたしってことで。
おやおや、そこの高校生の君、僕の話聞いてたのかい?そのケースはトロンボーンだね。で、あの頃の僕と同じく3年生なのか、もうすぐ定演があって引退か。まあ、頑張ってくれよ。
「ふーん、いっちゃんて、何だかよく分からないけど、いろいろあったんだね。そんなに何でも自分で抱え込まないでさぁ、もっと肩の力を抜けば良かったんだよね。」
そう、あの頃僕は今と比べて精神的に未熟だったから、脇目も振らずにがむしゃらに走っちゃったんだよ。
「シロホンと熱心さ、それから二つのパートを渡り歩いたことでは誰にも負けない、そう自慢できることが最初から分かっていたら、ドラマーの座に翻弄されなくて、ほかの部員を嫉妬しなくてすんだのにね。自分の将来が分かったなら、そんな苦労しなかったのに。」
うーん、確かに。でも考えてごらんよ、高校時代を過ごしている間は、自分にどんな運命が待ち受けているかは物理的には全く分かるわけがない。それに、仮に自分の将来が分かったとしよう、そうしたらどうなる?将来の結果がこうだと分かってたら、人はそれ以上のものを望んでも仕方がないから、向上心なんてすぐに消え失せて、ただその結果に辿り着くための行動マニュアルをテレテレなぞるだけ。全然面白くないじゃないか。自分の将来を予測できないから、みんながむしゃらになって取り組むんだよ。それに、ああすればよかった、こうすればよかった、と思うのはそれだけ自分が向上心を持って頑張ってたという何よりの証拠だよ。
「じゃ、いっちゃん、高校時代に戻りたいと思う?僕はこの間カノジョに言ったことを誤解されて振られたばっかなんだ。その振られる前に戻りたいよ。」
カノジョのことはご愁傷様。(-_-;)……うーん、それは戻りたいよ!欲を言うならば、ドラムス叩けるように最初からPerc.に入るかな。そうでなくても、あの頃は本当にすごい思い出だったからね。また経験したいとは思うよ。といいつつ卒業してから吹奏楽団体に入るわけでなし。(^^;)
「なんでやらないの?今だって社会人がやれる吹奏楽団はあちこちにある。そこで同じ経験出来るじゃん。卒業生で作ってるのもある。僕は卒業生のはインターネットのホームページを何度か見たことがある。」
甘い甘い!メンバーが違うから同じ音楽は成り立たないんだよ。分かる?それにそのメンバーで集まったとしても、あの頃とは年齢が違う。高校生は若いから、バイタリティはあるし、自分の近い将来を自分の人生の全てのように受け取る(これに関しては「人生わずか25年」を参照)から、毎日にすごい精力を注いでしまう。大人は高校生みたいに燃えることはどうしても出来ないよ。あの頃の感覚を失ってしまったから、ただ吹奏楽団に入っただけじゃ戻れない。
……そうそう、燃えるといえば、この言葉を教えておこう。僕ぐらいの年になってこう言えるように頑張るんだよ。
「そしていっちゃんは、見事に燃え尽きたんだよね。」
コレコレ、それは完全燃焼と言いなさい。
「本当は不完全燃焼のくせに。やりたい事全部は出来なかったんだから。だからずっと未練を感じて、母校の定演に通い詰めるんだよね。」
いやなこと言うね君は!確かにそうだ。とりわけ今年は西暦2000年だから「未練ニアム」てとこか?……あ、さぶかった?(^^;)
えーと、以上、先輩風ビュンビュンモードのいっちゃんでした。